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   <title>週刊フェラーリ</title>
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   <updated>2007-04-16T05:37:36Z</updated>
   <subtitle>フェラーリ (Ferrari) はエンツォ・フェラーリが設立したイタリアの自動車会社、及びF1のコンストラクター。
フィアットグループの傘下で本社はモデナ県マラネッロにあります。
基本的に高級GTカー及び高級スポーツカーしか製造してません。
このブログは週刊フェラーリ（ディアゴスティーニ社）のラジコンカーの記事を書いたものです。</subtitle>
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   <title>フェラーリの苦境・・・</title>
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   <published>2007-04-16T09:48:21Z</published>
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   <summary>1960年代に経営が苦境に陥り、1963年にフォードから買収を持ちかけられる。 ...</summary>
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      1960年代に経営が苦境に陥り、1963年にフォードから買収を持ちかけられる。
しかし、一説にはエンツォからアプローチしたともいわれるが買収金額をめぐって交渉は決裂します。1969年にイタリア最大の自動車メーカーであるフィアット社の援助を受け、その傘下に入ることで命脈をつなぎます。この買収の決裂を受けて、フォードは後に独自のスポーツカーGT40を開発し、その資本力に物を言わせ、ル・マン24時間レースでフェラーリを打ち破ることになった。

★フェラーリ美術館２
スーパーカーコレクター松田芳穂氏のフェラーリ＆フェラーリ関連グッズコレクションを展示しているのがここフェラーリ美術館です。スポーツカーにちなんだ時計ばかりを集めた建物、ミニカーを中心に揃えた「車のおもちゃミニカー博物館」、メインといえる「フェラーリ美術館」、「GTOハウス」と4つの建物で構成されており、フェラーリの魅力を堪能できますよ。 

開館時間 ： 午前9時頃より午後5時 
開館日 ： 年中無休
入場料金 ： 大人（中学生以上）2,000円
子供（小学生以下）1,000円
小学生未満無料 [ サービスチケット ] 
問い合わせ ： 〒103-0031
東京都港区西麻布2－24－27
株式会社 ヴィンテージカーズ(AM8:30～PM5:00)
TEL 03-3400-3322／FAX 03-3400-3366

所在地 ： 〒412-0026
静岡県御殿場市東田中箱根道 3373－1
TEL 0550-84-0550
館長 ： Yoshiho Matsuda  

台風その他による臨時休館があったりするので、確認してから出かけた方が安心ですね。
      
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   <title>フェラーリの生い立ち</title>
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   <published>2007-03-31T07:16:04Z</published>
   <updated>2007-03-31T09:48:03Z</updated>
   
   <summary>今から６０年以上前のこと、エンツォ・フェラーリがFerrari FXX1947年...</summary>
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      今から６０年以上前のこと、エンツォ・フェラーリがFerrari FXX1947年に、アルファ・ロメオのレーシングドライバーでした。
そのエンツォ・フェラーリがレーシングチーム運営のための会社として創立したのが始まりです。創立当初はスクーデリア・フェラーリとして、アルファ・ロメオのレース運営の会社として機能していました。やがて自社のレーシングカーを開発するようになり、アルファ・ロメオ社のレース撤退と共にその資産を受け継いだ。

★フェラーリ美術館１
首都圏に住んでいる人は、歴代のフェラーリを展示してある御殿場フェラーリ美術館で一度実物を見て下さい。感動しますからぜひ！！　世界唯一の自動車の芸術品を見て下さいね。関心がある貴方なら最初は釘付けになり、息が止まります。そして、必ず何度か足を運ぶことになります。そこら辺の美術館より、ず～っとこのフェラーリ美術館の方がずっと見応えありますからね。ミニカーのフェラーリや関連した展示品もたくさんあり、あまりのすばらしさに身震いしてしまいます。
      
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   <title>フェラーリ の現行車種</title>
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   <published>2007-03-03T00:17:08Z</published>
   <updated>2007-03-03T00:17:34Z</updated>
   
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      ■Ferrari F430F430 
■F430スパイダー 
■612 スカリエッティ 
■599 （正式名称は599GTB フィオラノ） 
※フェラーリは4シーター車をラインナップに必ず入れている。
これは北米では2シーター車の保険料が高額であるためです。
レクサス・SCやプジョー・206CCが大人はとても座れない後部座席をわざわざ装備しているのもこのためである。
      
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   <title>フェラーリの紋章(馬）</title>
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   <published>2006-12-25T03:29:35Z</published>
   <updated>2006-12-29T03:31:28Z</updated>
   
   <summary>カヴァッリーノ・ランパンテ イタリア語で「カヴァッリーノ・ランパンテ(Caval...</summary>
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      カヴァッリーノ・ランパンテ
イタリア語で「カヴァッリーノ・ランパンテ(Cavallino Rampante)」という後足で立ち上がった馬の紋章を使用するため、「跳ね馬」の愛称を持つ（但し、正しい日本語訳は「気負い馬」であ

る）。
この「跳ね馬」はエンツォ・フェラーリの兄アルフレードが第一次世界大戦時に所属していたイタリア空軍スクーデリア91a部隊のエンブレムであった。
エンツォはこの部隊に属していた撃墜王、故フランチェスコ・バラッカ少佐の母から使用の許可を得たとして、フェラーリの紋章とした。
しかしながらイタリアの英雄の母親とは言え、息子の部隊章の使用許可を与える権限などあるはずもなく、
エンツォが彼女の思いつきのようなアドバイスを採用したというのが本当らしい。
ちなみに、この跳ね馬の紋章はバラッカが撃墜したドイツのパイロットが付けていた紋章から取ったもので、
高性能・高級スポーツカーブランドとして覇を競ったポルシェ社の紋章と同じくルーツがシュトゥットガルト市の市章にある。
      
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   <title>フェラーリの概要</title>
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   <published>2006-12-23T03:26:00Z</published>
   <updated>2007-03-31T07:14:46Z</updated>
   
   <summary>フェラーリは、アルファ・ロメオのレーシングドライバーだったエンツォ・フェラーリに...</summary>
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      フェラーリは、アルファ・ロメオのレーシングドライバーだったエンツォ・フェラーリによって1929年に創設されました。
当初の目標はアルファ・ロメオを追い越すことであった。
F1には1950年第2戦モナコGPから参戦してます。
初勝利は1951年第5戦イギリスGPで、フロイラン・ゴンザレスが、それまで出走した全てのレースで勝利を獲得してきたアルファ・ロメオを初めて破り獲得した。

初のコンストラクターズ・タイトル獲得は1961年だが、この年のイタリアGPではヴォルフガング・フォン・トリップスが事故で死亡した。
1964年にジョン・サーティースを擁し2度目の制覇。
1967年にはモナコGPでロレンツォ・バンディーニがレース中の事故で死亡、エンツォ・フェラーリはイタリア人ドライバーを乗せないことを決意する。
60年代の低迷期の後、1974年から加入したニキ・ラウダを中心に復活。
1975年からコンストラクターズ・タイトル3連覇。
1979年は南アフリカの英雄ジョディー・シェクターが、同僚ジル・ヴィルヌーヴと激しくタイトルを争った結果ドライバーズタイトルも獲得し、ダブルタイトルを達成。
フェラーリは黄金期を迎えた。

1980年は、ウィリアムズの台頭とマシン設計の失敗もあり、不振に陥る。
1982年、ジル・ヴィルヌーヴがベルギーGP予選の事故で死亡する。
チームメイトのディディエ・ピローニも、同年のドイツGPのフリー走行中に両足を粉砕骨折する重傷を負い、レースから離れるが、フェラーリは7度目のタイトルを獲得した。
同時にターボエンジンとしては初の年間王者を獲得したことでもあった。

1983年を最後にコンストラクターズ・タイトルから遠ざかり、
1980年代中盤 - 1980年代後半は、ミケーレ・アルボレートやナイジェル・マンセル等が活躍を見せたこともあったものの、最終的には毎年ウィリアムズやマクラーレンの後塵を拝した。

1988年にはチーム創設者エンツォが死去。
1990年にはアラン・プロストを獲得するが、ランキング2位止まりであった。

2005年アメリカGP1996年のミハエル・シューマッハの加入からチームは改革され、
1999年にはついに16年ぶりにコンストラクターズタイトルを奪還。その年からコンストラクターズタイトル6連覇、ミハエル自身は
2000年から5年連続ワールドチャンピオン。
2000年からはドライバーズ・コンストラクターズ両タイトルにおいて5連覇という記録を残した。

      
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   <title>フェラーリファンのことをティフォシと呼ぶ</title>
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   <published>2006-12-22T02:49:02Z</published>
   <updated>2006-12-29T02:54:58Z</updated>
   
   <summary>熱狂的なフェラーリファンのことをティフォシ(tifosi)と呼ぶ。 これはイタリ...</summary>
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      熱狂的なフェラーリファンのことをティフォシ(tifosi)と呼ぶ。
これはイタリア語で「熱狂的スポーツファン」「チフス患者」の意味を持つ「ティフォーゾ(tifoso)」の複数形であり、元々はフェラーリファンを特定するものではない。
そのためか、ティフォシの代わりにフェラリスタという呼称が使われることもある。
地元開催に当たるイタリアGPにおいては、来場したティフォシによってサーキットのあるモンツァが赤く染まるほどであるそうだ。
日本では慣例的にF1に関しては「ティフォシ」、サッカーに関しては「ティフォージ」という表記の使い分けがなされている。実際の発音は後者に近い。
tifosiは男性複数形で、男性単数形はtifoso。
なので、男性の1人の熱狂的ファンはTifoso、女性の熱狂的ファンはtifosa、熱狂的ファンのグループはtifosi、もし女性だけのグループだったらtifoseということになる。
以前は主にイタリアのサッカーファンを指してティフォージと呼ばれていた。
ultrasと同義。元々はイタリアで使用されていた言葉だが、現在この単語は世界中のサッカーファンに使用されるようになった。
 近年はF1においても、熱狂的なフェラーリファンを指してティフォシと呼ぶ。

      
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   <title>週刊フェラーリを販売している会社紹介</title>
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   <published>2006-12-21T02:43:11Z</published>
   <updated>2006-12-29T02:47:59Z</updated>
   
   <summary>■社　名 株式会社デアゴスティーニ・ジャパン    ■本　社 〒104-0045...</summary>
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      ■社　名 株式会社デアゴスティーニ・ジャパン 
 
■本　社 〒104-0045 東京都中央区築地4-7-5 築地KYビル
Tel 03-3524-1600　　Fax 03-3524-1601 
 
■会社沿革 1988年10月
1995年 5月
1997年 5月 日本市場へ参入し活動を開始
日本における子会社を設立
株式会社デアゴスティーニ・ジャパンに社名変更 
 
■資本金 1億1000万円 
 
■代表者 代表取締役社長 大谷 秀之 
 
■取引銀行 三井住友銀行　日本橋支店
サンパオロ　イミ銀行　東京支店  
 
■主要取引先 販売会社 株式会社トーハン　日本出版販売株式会社
株式会社大阪屋　 栗田出版販売株式会社
株式会社中央社　 株式会社太洋社
協和出版販売株式会社  
広告代理店 株式会社マッキャンエリクソン 
印刷会社 大日本印刷株式会社　凸版印刷株式会社
図書印刷株式会社 株式会社大丸グラフィックス  

世界に羽ばたく株式会社デアゴスティーニ・ジャパン社ぞくぞくマニア向けコンテンツを拡大を期待します。
      
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   <title>フェラーリのプロフィール</title>
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   <published>2006-12-20T02:41:37Z</published>
   <updated>2006-12-29T02:42:57Z</updated>
   
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      ■エントリー名 Scuderia Ferrari Marlboro 
■チーム国籍 イタリア 
■チーム本拠地 イタリア・マラネロ 
■チーム代表者 ジャン・トッド 
■テクニカルディレクター ロス・ブラウン 
■ドライバー 5. ミハエル・シューマッハ　6. フェリペ・マッサ 
■テストドライバー ルカ・バドエル
■マルク・ジェネ 
■シャシー フェラーリ248 F1 
■エンジン フェラーリ056 
■タイヤ ブリヂストン 
■参戦年度 1950 - 
■出走回数 741 
■コンストラクターズタイトル 14 (1961, 1964, 1975,1976, 1977, 1979, 1982,1983, 1999, 2000, 2001,2002, 2003, 2004) 
■ドライバーズタイトル 14 (1952, 1953, 1956,1958, 1961, 1964, 1975,1977, 1979, 2000, 2001,2002, 2003, 2004) 
■優勝回数 192 
■通算獲得ポイント 3601.5 
■表彰台(3位以内)回数 581 
■ポールポジション 186 
■ファステストラップ 193 
■F1デビュー戦 1950年モナコGP 
■初勝利 1951年イギリスGP 
■2006年順位 2位 (201ポイント) 
  (記録は2006年第18戦終了時) 
輝かしい業績で、ファンならずとも広く知れわたっている。
      
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   <title>週刊フェラーリとの出会い</title>
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   <published>2006-12-10T05:52:53Z</published>
   <updated>2006-12-31T06:05:47Z</updated>
   
   <summary>週刊フェラーリについての応援ブログです。 近くの本屋さんに出かけました。平積みで...</summary>
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      週刊フェラーリについての応援ブログです。
近くの本屋さんに出かけました。平積みで置かれた赤箱がうず高く積まれてます。
なんだろう？が初めての出会いでした。こんな世界があることも知りませんでした。
どちらかと言うと指先が器用なほうなので絵を描いたり木を彫ったりして楽しんでいました。

手ごろな価格の創刊第一号５９０円は本当に罪な値段です。
つい買ってしまいました。そしてＢＯＸをあけてしまったとたんに落ちました。

よし、作るぞ！と変な意気込みが生まれてしまいました。
そんなブログです。組み上げるようにじっくりと大きく横道にそれたりして
出発進行とします。


※この記事他はあくまでも私の趣味として連載してます。間違いがありましても当局は一切責任は負いません。あしからず・・・。 
      
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